交響曲第2番「小ロシア」⑦・チャイコフスキーの五人組への思い
チャイコフスキーの五人組への思い
前回の記事です!
『小ロシア』で真の「力作」は終楽章です。
ここでチャイコフスキーは、五人組がよしとしたグリンカの伝統に忠誠を示そうとしています。
グリンカは、チャイコフスキーが音楽家になる10年前に亡くなった
作曲家です。
彼は、ロシア人初の作曲家として、
「近代ロシア音楽の父」と言われています。
この記事では、
グリンカを五人組が応用して編み出した手法で、
それをチャイコフスキーが使っている例を紹介していきます。
ムソルグスキー流・序奏で民謡をドカーンと
終楽章で、
チャイコフスキーは壮麗な序奏に民謡『鶴』を披露しています。
この手法は、後年ムソルグスキーが『展覧会の絵』の「キエフの大門」を作曲したときの手法に似ています。
それからチャイコフスキーは、「アレグロ・ヴィーヴォ」の主部に取り掛りつつ、茶目っ気たっぷりの意図を明らかにします。
そして、
民謡『鶴』に続く2小節を独り占めさせ、変化に富んだ一連の伴奏に対置します。
長々と第1主題を続けます。
あまりの長さに。
「いつ第2主題にうつるんだろう?」と聴衆が思い出した、そのとたん!
予告なしに第2主題を引き入れるのです。
チャイコフスキーは、通り抜けようとする巨人のような一連の大跨ぎする音符によって、展開部を導入していきます。
これらの小節を跨る音符に伴奏されて、2つの主題が再登場し、奇妙な旅に出向くのです。
第2主題は歪められて不完全に呈示され、長大なクライマックスを築き上げつつも、『鶴』のくすんだ表情を帯びるようにすらなります。
1872年版においてクライマックスは、よりいっそう派手やかな一連の伴奏とともに『鶴』に至る。1879年版においては、チャイコフスキーがこの部分を150小節ほど削除したので、クライマックスは第2主題に導入される静かな間奏へと突入します。
チャイコフスキーはロシア音楽に目覚めた
いろんな人との出会いを経て、
チャイコフスキーは徐々にその天才性を発揮していきます。
交響曲第2番「小ロシア」はそのひとつのイベントだったといえるでしょう。
もう一度、読み返してみたいかたはこちら!
かなり気合を入れて書いた記事です!