チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

「組曲第1番」チャイコフスキー・修行編に突入!!

チャイコフスキー組曲第1番」

 

彼なりの試行錯誤を反映した曲です。

 

 

バレエ音楽のような自由で美しいメロディを研究して、

 

でも、同時に壮大で形式の整った交響曲にも挑戦して、

 

 

どちらも詰め込みすぎた結果、よくわからないぼんやりとした作品になりました。

 

 

彼なりに悩みながら、芸術を突き詰めていっている時の曲です。

 

 

 

 自分の実験をやりたいだけやりきった曲

 

 

 

チャイコフスキーは、交響曲第4番と第5番の間に、

約11年ものあいだを開けています。

 

この間に、

管弦楽による組曲というジャンルで、

彼は、4曲(純粋な作曲としては、バレエ音楽と同じく3曲)の

作品を残しました。

 

 

チャイコフスキーが自分のやりたいこと、得意なことをすべて実験して、

そのうえで最高のものを交響曲第5,6番や「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」に発展させていったともいえるでしょう。

 

 

フーガ、ガヴォット、精巧な変奏、多種多様な様式や技巧などを詰め込んでいて、

チャイコフスキーがどのように作曲を極めていったのかを知ることができます。

 

 

ドラゴンボールでいう「修行編」のようなイメージでしょうか。

 

ここで、チャイコフスキーなりの必殺技を磨いていくのです。

 

 

 組曲第1番を作曲したときのチャイコフスキーの状況はこちら!

nmusic.hatenablog.com

 

 

 

チャイコフスキーの「組曲第1番」への思いいれ

 

彼はこの曲について、

「わたしの思い違いでなければ、この作品は早い時期に聴衆に受け入れられ、

人気を得るだろう」と手紙を残しています。

 

いまの私たちから見たら実験曲のようにも見えますが、

当時もてる力のすべてを注ぎ込んだチャイコフスキーにとっては、

 

当時、自信満々の最高傑作でした。

 

 

ひそかにフォン・メック夫人に捧げられたといわれています。

 

この曲が完成した38歳、39歳のときは、

ふたりの仲が急速に燃え上がっていたときでした。