チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

ヴァイオリン協奏曲②チャイコフスキー・苦労の連続だった音楽

時代が追いついていかない協奏曲たち

前回記事です。

 

nmusic.hatenablog.com

 

 

 

チャイコフスキーの法則みたいなのがあるらしく、

 

”協奏曲はさいしょ、かならず認めてもらえない”

 

というのが言われています。

 

 

3年前につくった

ピアノ協奏曲第1番などはその一例ですよね。

 

nmusic.hatenablog.com

 

のちに世界中で大ヒットを記録しますが、

さいしょは、モスクワ音楽院のニコライ先生に酷評されています。

 

時代がチャイコフスキーの才能についていけていなかったのです。

 

 

 

ただ、今回、チャイコフスキー

モスクワ音楽院を辞めています!

 

38歳のとき、

フォン・メック夫人からの経済援助がシコタマ入ってきていたので、

もう教授としての仕事をしなくてよくなっていたのです。

 

 

これは、協奏曲を作曲しても

誰からも何も言われないのでは?

 

 

ヴァイオリン協奏曲も酷評・・・

 

チャイコフスキー

ヴァイオリン協奏曲を

 

当時世界トップレベルのヴァイオリニストと言われていた、

レオポルド・アウアーに見てもらうことにしました。

 

やはりヴァイオリンの才能がありますから、

チャイコフスキーの天才性に気づくでしょう。

 

 

 

評判はどうか?

 

「これはムリ!演奏不可能だよ!」

 

最悪の評価でした。

 

 

そういえば、ニコライ先生も一流のピアニストだったような・・・

チャイコフスキーに最初からついて行ける人は

もはや存在していなかったのかもしれません。

 

 

ヴァイオリン協奏曲も絶望からの復活