チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

ヴァイオリン協奏曲①・チャイコフスキー、自殺未遂の体験から作曲

チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」 

チャイコフスキー

1878年、38歳までの数年間で

 

結婚→うつ→自殺未遂→音楽で復活を経験しました。

 

そして、その体験をもとに

 

ピアノソナタ「グランド・ソナタ

 

nmusic.hatenablog.com

 

「ヴァイオリン協奏曲」を完成させました。

 

それよりも少し前に

交響曲第4番」

「エフゲニー・オネーギン」

という傑作を完成させていて、

 

チャイコフスキーうつ病からの復活を物語っています。

 

 

俺が楽器に合わせるのではない、楽器が俺に合わせろ!

 

この曲がすごいのは、

単に楽器の特性や機能を追求したものではないところが特徴です。

 

「ヴァイオリンといったらこんな感じの曲で~」

「ヴァイオリンはこういう音型だったらひきやすくて~」

とか

 

これまでのヴァイオリン協奏曲では、

ヴァイオリンの特徴に合う曲をつくっていました。

 

 

しかし、チャイコフスキーは、

 

 

俺の音楽がヴァイオリンに合わせるのではない!

ヴァイオリンが俺に合わせろ!!

 

という人だったので、

これまでのヴァイオリン奏者にとって

ちょっと非常識な要素ももりこんでいます。

 

 

みんなのことを考えたチャイコフスキー

 

チャイコフスキーは高い音楽性を持っていましたが、

あくまで大衆のための音楽を忘れない人でした。

 

大衆的には、

けっこうあざとくてありがちなメロディが人気になりますが、

 

プロの音楽家からしたら、

気恥ずかしいかったりプライドがゆるさなかったちすることもあります。

 

 

たとえて言うなら、

まじめなクラシックファンが、

人気のアイドル曲に「音楽として認めん!」と言っているような感じですね。

 

しかし、そのヒット曲は、そのメロディで多くの人を幸せな気分にしていますし、

ちゃんと音楽としての役割を果たしています。

 

 

チャイコフスキーはそこらへんを

柔軟にとらえて作曲することを心がけていたのです。

 

 

 

ヴァイオリン協奏曲も絶望に悩まされる