チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

ピアノ協奏曲第1番③・チャイコフスキー35歳、凄腕指揮者との出会い

チャイコフスキーの決意

 

前回の記事です。

 

nmusic.hatenablog.com

 

チャイコフスキーは、

 

ニコライ先生から予想外にも

ピアノ協奏曲第1番のダメ出しを受けてしまいました。

 

 

「わたしの言う通りに書き直しなさい。

それなら、初演してあげよう」

 

とまで言われて、

 

 

チャイコフスキーは自分の音楽を貫き通すため

 

もっとも親しかったニコライ先生の助言を無視することを決意しました。

 

 

 

チャイコフスキーの世界デビュー

 

この決意がチャイコフスキーをさらなる高みへ押し上げます。

 

 

彼は、ドイツの有名なピアニストで指揮者でもあった、

ハンス・フォン・ビューローに会います。

 

 

彼は、すごい経歴の持ち主です。

 

大ピアニスト・リストの義理の息子

 

オペラ音楽の神様・ワーグナーのライバル

 

ベートーベンと並び称されるドイツの巨匠・ブラームスの親友

 

 

そして、

歴史上はじめて、

作曲家ではないプロの専業指揮者として活躍した人でした。

 

 

 

田舎帝国ロシアで音楽をやっているチャイコフスキー

ここまでの人物にコンタクトをとれること自体、かなりすごいことでした。

 

チャイコフスキー

彼に話を持ち掛けます。

 

 

ピアノ協奏曲第1番の絶賛

 

ニコライ先生とはうってかわって、

 

ビューロー爺さんは、チャイコフスキーの作品を一目見て、

 

これはすごい!!と、うなります。

 

 

その評価は、「独創的で高貴」

 

 

ブラームス顔負けの洗練された構成力

 

ワーグナーにも勝る勇ましさ

 

そして、耳に新しいロシアの情緒あふれる旋律

 

 

 

このドイツの老練な指揮者は

チャイコフスキーの天才性を完全に見抜きました。

 

 

 

すぐに初演の準備に入ります。

 

初演の日は約半年後、

 

その場所は、ドイツでも、ロシアでもなく、

 

もっと遠い意外な土地でした・・・