チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

チャイコフスキーがブラームスたちと闘った人生を10分にまとめた

「ブラ―ムスもワーグナーロシア五人組も、つまらん!!」

 

ブラームスワーグナーロシア五人組も、つまらん!

 

ほんとの音楽ってやつがわかってない!!」

 

 

22歳で音楽の道に入った

青年ピョートル・チャイコフスキーはこう叫びました。

 

 

それまでの10年間、法律学生、法律官僚として過ごし、

趣味は、豪遊と浪費と旅行、

 

そのくせ引っ込み思案で内向的な性格だった彼は、

 

 

当時、ヨーロッパ的な大スターであった、

ブラームスワーグナーという大音楽家の作品に

ものたりなさを覚えていました。

 

 

しかも、チャイコフスキーが住んでいたのは、

文化的に20年くらい遅れていたド田舎・ロシアという帝国で、

 

そのなかでもさらに田舎のウクライナ地方から、

首都ペテルブルグに上京したばかりの青年にすぎませんでした。

 

 

しかし、

彼は、22歳で音楽の道にはいった10年後には、

アメリカ公演も含め、世界的な大音楽家、ロシアで間違いなくナンバーワンの音楽家に成長します。

 

 

 

なぜ、チャイコフスキーにそこまでの大飛躍できたのか?

 

その人生の秘密を探っていきたいと思います。

 

 

チャイコフスキーの音楽性

ロシア五人組よ!これが本当のロシア音楽だ!」

チャイコフスキーのなかに蓄積されたロシア民謡

 

チャイコフスキーは、26歳で作曲を始めた当初から、

かなりユニークな曲作りをする作曲家でした。

 

 

ロシア風の民謡がちりばめられた交響曲ピアノ曲を次々と発表し、

 

マジメな仲間の音楽家からは

「え?ちょっとこれまでの音楽とちがってない??」

とドン引きされたり、理解されなかったり。

 

 

一方で、

当時、音楽の中心だったドイツに対抗して、

ロシア音楽を盛り上げようとする「ロシア五人組」という人たちがいました。

 

ロシア五人組①「なんか~、もっとロシアっぽい旋律いれてこうぜ~」

 

 

②「ねえ、知ってる?チャイコフスキーっていうやつが最近出てきたらしいんだけどさ~。どうも、そいつの音楽がなかなかとんがってるらしいよ!!」

 

 

①「あ、そんなやついたんだ!でも、ま、おれらのロシア音楽にはかなわないだろうけどな」

 

 

②「まあ、そうかもしれないけどね~。でも、おれらの音楽も欠点はいくつもあるじゃん。ドイツ音楽みたいに、格式があまりしっかりしてなかったりとか・・・」

 

 

①「おい!それ言うな!!」

 

 

②「だからさ、たまには他のロシア音楽の使い手がどんなことやってるのか。

お互いに聴いて研究してもいいかな、て思うんだよね」

 

 

①「ま、そこまで言うなら・・・行くか!!」

 

 

彼らは、チャイコフスキーの楽曲を聴くことにしました。

 

~~~~

 

五人組「チャイコフスキー、まじやばい!!

 

え?ロシア音楽っぽい感じなのに、しっかりとドイツ音楽に対抗できるだけの構成力が宿ってるじゃん!!!

 

 

なにこれ!!天才????」

 

 

チャイコフスキー「いや・・・というよりも、僕はドイツ音楽みたいなしっかりとした音楽が好きで、そうしたものを追求してるだけなんだけど・・・」

 

 

五人組「たしかにそうなんだけど、でもドイツとはまた違うんだよ!どうやったの??」

 

チャイコフスキー「いや、ふつうに僕の好きな曲をつくっただけだけど・・・」

 

 

 

 

 

後世の評論家「チャイコフスキーロシア民謡を使ったのではなく、ロシアの精神で曲をつくっただけだ!」

 

 

チャイコフスキーロシア五人組の「いかにもロシア音楽!」という曲風をあんまりよく思っておらず、

ただ、ロシアの精神にもとづいた作曲を心がけました。

いわば、ドイツ音楽という伝統は大事にしつつも、そこに強力な隠し味としてロシア音楽の心を組み込みました。

 

 

それこそが、本当の音楽のあり方だと思っていたからでしょう。

 

 

ロシア近代音楽の父はグリンカという人ですが、

 

本格的なロシア近代音楽の創始者チャイコフスキーとされています。

 

 

 

 

ブラームスよ!音楽は人を幸せにするためにあるのだ!」

 

チャイコフスキーは、

当時ドイツ音楽の二大スターと言われていた

ブラームスワーグナーの後輩にあたります。

 

 

じっさいにブラームスとは会ったこともあります。

 

 

チャイコフスキーブラームス

内向的な性格や、繊細な心理描写、

人気がでてからは、社会慈善活動を積極的に行うなど、

 

似ているところが多くあるのですが

仲はよかったのでしょうか?

 

チャイコフスキー

ブラームスの音楽が有名らしいな・・・?」

 

職場であったモスクワ音楽院の同僚

「はい!そりゃ、ブラームスっていったら、ドイツの二大作曲家の一人ですし、

あのベートーベンの正当な後継者としても名高い人ですから!!

 

彼の交響曲第1番知ってます?」

 

チャイコフスキー

「ああ、たしかドイツに行ったときにプログラムで見たな~」

 

同僚

「実はあの曲、ベートーベンの『第九』に次ぐ、

ベートーベンの交響曲第10番のようだって言われてるんですって!」

 

 

チャイコフスキー

「へえ~、まあ構成力はみごとだったし、ベートーベンの交響曲第3番のような格式高くも、意外性もある、

 

それに第5番「運命」のような爽快感もみごとだ!

 

 

ただ、どうも『第九』じゃないよな~。ほんとにそう言われてるの??」

 

 

同僚

「ほんとですって!!・・・ちょっと待ってくださいね。たしか、ハンス・フォン・ビューローさんが言ってたんですから。彼の評論を探してみます!!」

 

チャイコフスキー

「おい、ビューローさんって言ったか?

 

俺の恩人のビューローさんがそんなことを簡単にいうか!!

 

ちゃんと正確な言葉を探して来い!!」

 

チャイコフスキーは自信作ピアノ協奏曲第1番がまわりに受け入れなかったときに、

唯一、ハンス・フォン・ビューローというドイツの名指揮者に受け入れてもらって、アメリカでこの曲をデビューさせてもらった恩があるのです)

 

同僚

「あの・・・チャイコフスキーさん・・・」

 

チャイコフスキー

「おお、みつかったか??」

 

 

同僚

「はい、チャイコフスキーさんの言う通りでした。

 

 

読みますね。

 

ブラームス交響曲は、ベートーベンの交響曲第10番と言うことができる”」

 

 

チャイコフスキー

「え?(そのままやん!!ビューローさん、やっぱりその程度の人なのか?)」

 

同僚

「で驚きましたよ~。

 

ここのあと、こう続くんです!!

 

”ただし、その交響曲は、ベートーベンの第2番と第3番の間がふさわしい”

 

 

チャイコフスキーさん!すごいですよ!!

 

たしかに、ブラームス交響曲第1番は、格式高い構成をしていますが、

古典のような音楽に戻りすぎていて、ベートーベンの破壊力というか垢ぬけた感じが

ちょっとないような感じはしますね!!」

 

チャイコフスキー

「まあ、そうだろう・・・

 

 

ブラームスの音楽はそういうところがある。

 

 

それに、彼は音楽をわかっていない気がする。少なくとも、私とは目指すものが違う。

 

 

 

ブラームスの音楽は、冷たく暗い。ただそれだけだ。」

 

 

同僚

「たしかに、ブラームスの音楽に、暗さは常にあると思います。

でも、それが彼のよさでもないでしょうか?」

 

チャイコフスキー

「いや、たしかに暗さや冷たさを表現してもいい。

 

でも、全体がそれではだめだ!!

 

 

音楽は人を幸せにするものでなくてはならない。

 

たとえ、暗い世界を描いたとしても、

そこには少しでも希望や発見がなければならないのだ」

 

 

 

チャイコフスキーブラームスに対する評価はこのようなもので、

わりと辛らつでした。

 

それにしても、

音楽史上もっとも絶望的な曲『交響曲第6番「悲愴」』を残したチャイコフスキーでも、やはりその思いは幸せな音楽をつくることに向けられていたのですね。

 

 

 

ワーグナーよ!人の感情はもっと繊細で深いのだ!」

 

当時のドイツ(日本では明治維新のころ)では、

 

ワーグナーブラームスが二大巨頭として君臨していました。

 

そこに北のチャレンジャー・チャイコフスキーが参戦します。

 

 

 

彼らに共通するのは、

ベートーベンに対する尊敬です。

 

ベートーベンの作り上げた交響曲に対して、

 

ブラームスは第10番目をつくる!!と、

あくまでベートーベンの様式を極めようとしました。

 

 

チャイコフスキー

基本はベートーベンの構成力に追随しながら、

そこにロシア音楽をブレンドしてみたい!と考えました。

 

 

③そして、最後のワーグナーは、

『第九』を超える壮大な人間ドラマを音楽を使って作り上げる!

と宣言し、三人のなかではもっとも派手に活動します。

 

 

 

そんなワーグナーに対して

 

チャイコフスキーはどう思っていたのでしょうか?

 

 

 

チャイコフスキー

「久々にドイツにきたし、やっぱオペラ見ようかな~~」

 

劇場のスタッフ

「いらっしゃいませ!

今宵は、バイロイト音楽祭にようこそお越しくださいました!

いまドイツでもっとも熱狂的なオペラをどうぞお楽しみください!」

 

 

チャイコフスキー

「ああ、ありがとう。

 

・・・ところで、このバイロイト音楽祭は、

ワーグナーの音楽しかやらないと聞いたのだが、

それで人は集まるのだろうか・・・?」

 

 

 

スタッフ

「はい!おっしゃる通り、この音楽祭はワーグナー氏の曲と、たったひとつの他の作曲家の曲しか演奏いたしません。

 

しかし、もうドイツの歌劇では神様のようにあがめられているワーグナー氏ですから、

それはもう、いつも大人気です。

有力な貴族も数多くご来場くださるビッグイベントです!!」

 

 

チャイコフスキー

「そうなのか・・・

神様ねえ・・・

 

 

まあ、ところで聴きたいのだが、

 

「たったひとつの他の作曲家の曲」とはなんだ?」

 

 

スタッフ

「ええ、そちらが

ベートーベンの交響曲第9番です!

 

ワーグナーの音楽活動の原点にして、目標の音楽として、

この曲だけはこの音楽祭でも演奏していいとされています。」

 

 

チャイコフスキー

「へえ。そうか。

 

「第九」のような音楽か・・・

 

いや、

どうも私はワーグナーという男のつくる音楽が苦手でね・・・

 

たしかに、彼の音楽はすばらしい!

 

 

だが、彼の活動はすこしだけやりすぎじゃないかと思う」

 

 

 

スタッフ

「え??あ、そうお思いですか・・・」

 

 

チャイコフスキー

「宗教的なまでに、人々を熱狂させる音楽が

はたして本当に善いものなのか?

 

考えたことはあるかね?」

 

 

スタッフ

ワーグナー氏の曲は、悪いものだと?」

 

 

チャイコフスキー

「いえ、そうではない。

 

ただ、危険なのだ!

 

音楽家とは真理を追い求めるものだが、

どうも私には彼が求めているのはただのフィクションにしか見えない。

 

 

並みの作家がそれをするのは問題ない。

ただの娯楽だ。

 

 

しかし、ワーグナーのように優秀な音楽家がそれをしてしまうと、

人々はニセモノの世界に支配され続けてしまうのではないだろうか?」

 

 

スタッフ

ワーグナー氏の音楽はニセモノですって??!!」

 

 

チャイコフスキー

「誤解をせずに聴いてもらいたい。

 

わたしは、ワーグナーの音楽は本物だと思うし、

彼の劇もすばらしい。

 

ただ、私ならば、もっと複雑で、深い人間心理を描写して、

この世界の真実を映し出すような作品を世に出す。

 

その点、彼は、人々に受け入れられやすいだけの娯楽を

流しているだけではないのか?」

 

 

スタッフ

「・・・・もう劇の時間です。あなたはいったい誰なんですか!!」

 

 

チャイコフスキー

ロシア帝国モスクワ音楽院教授・ピョートル・チャイコフスキーだ!」

 

スタッフ

「・・・え、・・・・チャイコフスキー・・!?」

 

チャイコフスキー

「では、失礼・・・」

 

 

チャイコフスキーは割と辛らつに極端に

他の音楽家を批判することがあるのですが、

 

ワーグナーに対しては特に厳しかったようです。

 

 

しかし、彼のバレエ作品やオペラには

明らかにワーグナーから借り受けてきたような痕跡が見られます。

 

実は、激しい批判のうらで尊敬もしていた。

尊敬しているからこそ、もっと完璧な音楽家ワーグナーとして

いてほしかったのかもしれません。