チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

音楽でわかる!チャイコフスキーとブラームスの宿命の関係

活躍した分野は違うが、得意なスキルは似てる

 

チャイコフスキーブラームスは主な活動分野もかなり違いました。

 

チャイコフスキーは音楽界ではじめて、

バレエ音楽に芸術性を吹き込んだり、

 

ロシア民謡クラシック音楽として取り入れました。

 

わりと目新しい革新的なことが中心でした。

 

 

 

ブラームスは、

あくまで交響曲、ベートーベンの世界をどう極めるか、

モーツァルトやバッハも含めたドイツ音楽の伝統に忠実な音楽を再現できるか、

 

堅く堅く活動した人です。

または、ベートーベンがつくりあげた室内楽の世界でも

かなり活発に動き回ります。

 

 

 

 

ただ、チャイコフスキーブラームスの関係で面白いのは、

彼らは得意なスキルはかなり似ていたということです。

 

 

チャイコフスキーロシア民謡をベースにした歌うようなメロディが印象的な曲を多く残しています。

 

 

一方、ブラームスもあまり注目されてはいないのですが、

彼も歌うような美しい旋律が大得意です。

彼は、交響曲のような堅い壮大な音楽が有名ですが、

その一方で多くの歌曲を残しています。

シューベルトに匹敵するほどの「歌曲の人」と言う評価もあるほどです。

 

 

 

そして、彼らは宿命もおなじようなものを背負っていました。

 

彼らの目の上には常にベートーベンの姿がありました。

特にベートーベンの残した9つの交響曲

 

これを超える交響曲は表れないと言われていた時代のなかで、

なんとかしてベートーベンに対抗しようと音楽家たちはもがいていました。

 

二人はその宿命をかんじていました。

 

 

チャイコフスキーブラームスは、持ち前の「歌うようなメロディ」を少しだけ封印して、

そのうえで、交響曲という分野で勝負します。

交響曲は、構成力が大きくものを言うジャンルです。

 

 

自分のメロディを盛り込みながらも、あくまで全体の構成を重視した曲作りを目指し、

二人は苦闘する宿命をもっていました。

 

しかし、交響曲を離れると一転、

かれら特有の美しいメロディが自由に表現される曲が数多く残されます。

 

 

 

ドイツ音楽≒ヨーロッパ音楽を支えたブラームス

 

当時は、ドイツ音楽がもっとも格式高い音楽とされていて、

ブラームスはその中心的なポジションとして、

ヨーロッパの音楽界を背負っていました。

 

その気負いや責任感が彼の作風を作り上げていったのでしょう。

 

ちゃんとしたものをしっかりとした形式で

作り上げるカンペキ主義が見えます。

 

 

 

しかし、そうしたベートーベン風の音楽から離れると

彼も自由気ままに動き出します。

 

彼の残した歌曲は

どれもシューベルトのように魅力的なメロディに溢れています。

 

 

彼をおおきく成長させたのはドイツ音楽の基礎であり、

ベートーベンの交響曲ですが、

 

しかし、それは彼の発想を縛り付けるものでもあったんですね。

 

 

ロシアから、垢ぬけないメロディで挑戦したチャイコフスキー

 

 

その点、チャイコフスキー

アウトサイダーの音楽でした。

 

ロシア音楽は、当時ヨーロッパの音楽界からはほとんど切り離された、

ド田舎の音楽とされていました。

 

さらに、ロシア国内で人気だったのは、

ちょっと前に流行りだしたイタリアの劇音楽です。

 

 

その状況でチャイコフスキーは、

ドイツのちょっとお堅いイメージもある格式ある音楽を追求します。

 

そして、それがロシア音楽と結びついたらどうなるだろう?

というのを実験するのです。

 

 

 そして、ロシアではじめて成功します。

 

 

圧倒的な才能に、ロシアだけでなく、

ヨーロッパやアメリカが感動しました。

 

 

 

とはいうものの、

やはり交響曲を作曲するときには、

ベートーベンを意識せざるを得ません。

 

ベートーベンを越えることなくして、

交響曲での成功はありえないといわれてきました。

 

 

チャイコフスキーは、交響曲をつくるときは

彼の自由なメロディを制限して、全体の構成に気を配る必要がありました。

 

 

ドイツ音楽に合わせて曲作りをするプレッシャーというものもあったのでしょう。

 

 

ベートーベンの巨大な影に立ち向かった

 

チャイコフスキーブラームスには

宿命的な使命がありました。

 

それは、ベートーベンの遺産である、交響曲にチャレンジするというものでした。

 

そのために、持ち前のメロディ能力をすこし制限して、伝統にそった作曲をする必要がありました。

そこまでしてつくりあげたいものが彼らにはあったのです。

事実、ふたりの交響曲はどれも傑作ぞろいです。

 

 

一方で、交響曲を離れると

純度100%のブラームスチャイコフスキーを聴くことができます。

 

チャイコフスキーのバレエ、ブラームスの歌曲は

どちらも彼らの自信作です。

 

 

お互い、どう思っていたのか?

 

 

チャイコフスキーブラームス

お互いのことをどう思っていたのでしょうか?