チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

フォン・メック夫人とチャイコフスキーのやりとり①

 チャイコフスキーとフォン・メック夫人の出会い

過去記事です。

nmusic.hatenablog.com

 

チャイコフスキーは1876年、

36歳のころから

経済的な不安が強くなり、

その一年後には、なかば強引に結婚させられた悪妻に悩み、

 

 

nmusic.hatenablog.com

 

ついには自殺を考えるまでになっていました。

 

チャイコフスキーの命の恩人

 

チャイコフスキーは離婚をしたかったのですが、

 

妻アントニーナが財産を多く持っていてそれに支えてもらっていたこと、

 

さらに、アントニーナがなかなか別れさせてくれなかったこともあり、

 

 

うつ病になってしまいます。

 

 

 

そんなおり、

 

チャイコフスキーの文通相手のフォン・メック夫人が

その窮状を察します。

 

 

そして、チャイコフスキーにこう手紙を出します。

 

「年1000万円くらい送ってあげるから、もっと楽にやりなさいよ」

 

 

この条件にチャイコフスキーは復活します。

 

 

送ってもらったお金があれば、

妻に経済的に依存することなく、

自由に暮らせます。

 

さらに、大好きな旅行もできます。

 

 

 

チャイコフスキーの作曲活動はここから再開するのです。

 

 

まさに、自殺の淵からチャイコフスキーを救った命の恩人、

それがフォン・メック夫人なのです。

 

 

14年間、1回も直接言葉を交わさなかった女性

 

この二人は、このあといろんな関係になっていくのですが、

 

その間、1回も会うことがありませんでした。

 

 

 

経済援助を続けたのが14年間で、

その間、一度も直接言葉を交わしてはいません。

 

 

二人は意識的にそうするようにきめていたようですが、

いったいなぜなのかは謎のままです。

 

 

ここから、二人がどのような間柄だったのかもあやふやになってしまい、

恋人なのか、友達なのか、ただの財布と音楽マシーンの関係だったのか、

いまだによくわかっていません。

 

 

フォン・メック夫人は、チャイコフスキーの恋人なのか?

 

しかし、手紙を見る限りではものすごい熱い恋人のような関係を醸し出しています。

 

それを下の記事で検証しました。