「エフゲニー・オネーギン」・やっぱりワーグナーが嫌いなチャイコフスキー
チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」
このオペラは、チャイコフスキーの革新性を表すものでした。
彼の尊敬する音楽家であるグリンカ、シューマン、ビゼーの音楽を取り入れつつも、
それらをすべて混ぜ合わせて、チャイコフスキー独自の薫り高いスタイルにまで持っていくことに成功しています。
ワーグナーに対しては、不満に思っているところが多くあり、
・威圧的なオーケストレーションが声楽を邪魔してるところ
・登場人物が人間臭くない、リアルでない
といった点を克服したオペラをつくりたいと思っていました。
チャイコフスキー「絶望と転機の1877年」
↓ チャイコフスキーは、36歳の年に、
多くの名曲をつくりました。どれもが、粒ぞろいの傑作です。
しかし、徐々に、浪費癖やうつ病になやまされるようになり、
絶望の年、1877年にはそれが自殺寸前にまでいたってしまいます。
そのような心理状態のなかでも、
チャイコフスキーはこれまで以上に大曲をつくりあげていきます。
それが、
昨年に完成させた「白鳥の湖」であり、
交響曲第4番であり、
オペラ「エフゲニー・オネーギン」です。
ワーグナー流を批判したチャイコフスキー
前述したように、
不満に思うところも多々ありました。
それもこれも、大音楽家チャイコフスキーが批判をしたくなるほど、
ワーグナーが巨大な歌劇の文化をつくりあげてしまったからなので、
チャイコフスキーもワーグナーの才能のほとんどは認めていたのではないでしょうか。
とにもかくにも、
彼はワーグナーとは一線を画したオペラをつくりあげようと
さまざまな知恵を練るのでした。
そして、導き出した答えとは?