幻想序曲「テンペスト」・チャイコフスキーは文学にも詳しい
チャイコフスキーの文学性「幻想序曲「テンペスト」」
チャイコフスキーは文学にも造詣が深く、文学作品に題材を求めた曲も幾つか残している。
のちに、「戦争と平和」で有名な文豪トルストイと出会ったときなども、
文豪の心をよくつかみました。
特に
作曲家になってすぐに
幻想序曲『ロメオとジュリエット』をつくっています。
(作品番号はありません)
シェイクスピアに題材を得たチャイコフスキーの管弦楽作品の第2作となったこの曲は、
33歳のとき、1873年8月から10月にかけて作曲されます。
ちなみに、
同年の2月に交響曲第2番がモスクワで初演され、ロシア5人組から高い好評を得ていました。
チャイコフスキーに作曲を勧めたのは、
5人組の理論的指導者であった評論家のスターソフで、
彼はシェイクスピアのほか
ウォルター・スコットやゴーゴリの作品にも候補を挙げました。
しかしチャイコフスキーは『テンペスト』の物語に惹かれ、前作『ロメオとジュリエット』に続いてシェイクスピアを選び、3部から成る幻想序曲を書き上げました。
ニコライ・ルビンシテインの指揮によって行なわれ、
交響曲第2番に劣らぬ好評を持って迎えらます。
ただ、チャイコフスキーは当初「私の最も輝かしい作品の一つ」と語っていたのですが、
後になるとこの曲に幻滅を感じていたと伝えられています。
「構成がやや平板で、冗長な感じ」だそうです。
のちにチャイコフスキーを助けることになる
チャイコフスキー的にはあまり好きな作品ではなかった「テンペスト」ですが、
のちに彼のパトロンになるフォン・メック夫人が彼に援助するのを決めたのは、
この「テンペスト」の初演に感動したからだといわれています
そして、
かれの理解者でもライバルでもあった
「色彩的な響きと抒情的な美しい旋律」と、高く評価しました。