チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説

チャイコフスキーの生涯をわかりやすく解説します。

弦楽四重奏曲第1番・チャイコフスキー、トルストイとの出会い

チャイコフスキーのやさしさ溢れる作曲

 

チャイコフスキーは31歳の年に、

はじめての弦楽四重奏曲を作曲します。

 

作品番号11

弦楽四重奏曲第1番」ニ長調

 

 

チャイコフスキーは少しずつ音楽界でも

力をつけてきており、

 

この曲は後輩のために作曲してあげました。

 

 

 

その後輩とは、

友人でもある、アマチュアの台本作家でした。

 

 

 

かつて

憧れの台本作家に台本を書いてもらった(「地方長官」)

チャイコフスキーですが、

 

その恩返しのつもりもあったのでしょう。

 

 

自分のよく知る台本作家の活躍を祈って、

曲を捧げました。

 

 

チャイコフスキー初の自作コンサート

 

チャイコフスキーはニコライ先生のもと、

モスクワ音楽院で作曲活動をおこない

 

そこそこの力を蓄えていました。

 

 

 

そのときにニコライ先生から

「ピョートル!自作コンサートをやらないか??」

 

と提案を受けます。

 

当時、チャイコフスキーの持ち曲は

「2つの小品」

「3つの小品」

「ハープサルの思い出」

 

他数曲くらいで、

 

 

小ホールしか会場がとれなかったので、

 

交響曲第1番「冬の日の幻想」や

 

 

皇室のための1回作である

デンマーク国家による祝典序曲」

 

などの傑作を盛り込むこともできず、

 

 

 

プログラムを組めない!!!!泣

 

曲が足りない!!

 

 

 

という状態になりました。

 

 

 

 

急いで作曲「弦楽四重奏曲第1番」

 

そこで急いでつくったのが

この曲です。

 

 

チャイコフスキーは、この第1番を含む、

弦楽四重奏曲を全部で3曲作曲していきます。

 

 

そのうちの1曲はこのときに作曲されました。

 

 

 

初演の自作コンサートはそこそこの評判でしたが、

この曲の本当のすごさはこれから5年後に現れることになります。

 

 

チャイコフスキーの誇りの音楽

 

チャイコフスキー36歳のときに

 

チャイコフスキーの12歳年上にあたり、

ロシア3大文豪のひとり、トルストイと出会うことになります。

戦争と平和」が有名な作品の世界的な作家です。

 

 

彼は、モスクワを訪問することになり、

モスクワ音楽院は盛大な特別演奏会を開催します。

 

 

そして、チャイコフスキーの曲も演奏される中、

文豪トルストイはなんと彼の隣に座ります。

 

 

そして、トルストイ

第2楽章「アンダンテ・カンタービレ」が流れた時に

 

なんと涙を流して感動したそうです。

 

 

それを見たチャイコフスキーは、

 

その嬉しさを10年以上も記憶していて、

 

のちに日記で

 

「あのときほど、喜びと感動をもって作曲家としての誇りを抱いたことは、

おそらく私の生涯に二度とないであろう」

 

と書いています。

 

 

天才は天才を知る。

 

世界的な文豪は

チャイコフスキーの音楽性を理解していました。